A.2001(平成13)年4月から2010(平成22)年3月の期間、千葉大学の理学部・理学研究科に大学の学部から博士課程まで在籍しました。
2010(平成22)年4月から茨城県つくば市の独立行政法人森林総合研究所(現国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所)の森林昆虫の研究室へ、また2011(平成23)年3月からは広島の独立行政法人水産総合研究センター(現国立研究開発法人水産総合研究センター)の藻場干潟の研究室でアマモ場の研究などをしておりました。その後、2011(平成23)年7月からの東京大学大学院農学生命科学研究科の生物多様性科学研究室勤務を経て、2012(平成24)年7月にJAMSTEC(海洋研究開発機構)に入り、現在に至ります。
A.もともと環境省の推進費で全国の生物多様性を推定する事業の時から、JAMSTECとは一緒に仕事をしていたので興味を持っていました。その後、東北マリンサイエンス拠点形成事業が開始した際に、JAMSTECで人材の募集があり、これまでの推定した生物の分布結果を活用し、生態系が復活していく姿を捉えたいと思いJAMSTECに応募しました。
A.1つ目は生物多様性の可視化と重要海域の特定です。例えば全国のどこにどのような生物がいるのか分布推定を行い、日本の海岸の「どこに何種類の生物が存在できるか」すなわち種多様性に関するポテンシャルを調べます。その推定モデルに基づき、日本の重要海域を特定していきます。環境省でも重要海域の選定などをしており、この研究の成果を参照していただいています。そのほか、全国の生物多様性だけではなく、東北近辺などの場所を絞った検討や、気候変動によるサンゴ礁や藻場の変化の推定、サンゴについては遺伝的な多様性の情報が重要海域とどう関係するのか、などの分析も行っています。
2つ目は、生態系における「サービス」や「価値」の評価と、社会経済の関係性です。生物多様性は大事ですが、人間にとって何が大事なのかは伝わりづらい部分があります。生き物や生態系自体の価値に加えて、「経済としての価値」はどうか、「人間社会にとってどのような価値があるか」を評価しています。例えば、水産物の食べ物としての価値ももちろんですが、干潟や海水浴などレジャーとしての価値のほか、水質浄化やCO2の固定の効果の価値などを総合的に評価しています。
また、社会経済のシナリオの観点から、こうしたサービスが将来どう変化していくのかを見ています。日本の人口のシナリオを例にすると、都市に人口が集中した場合と地方に分散している場合とで、自然環境への影響にどのような変化があるのか、というようなことを見ています。
最後は、深海生物の観測と分布データの収集です。我々のセンターは深海生物の調査を行っており、深海生物を撮影した映像から、深層学習などを使って自動抽出することを含めて、生物の分布について数や量を調べ、変化を見たりしています。こうした分布データは、海底資源開発についての「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP:Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program)革新的深海資源調査技術」でも海底開発の影響評価の手法検討として使われています。また深海に限らず、もともと専門としていたアマモ場についても、衛星画像などを使い深層学習による抽出を行っています。
A.「ハビタット」とは生き物の住みか(生息場所)のことです。ハビタットモデルは、種類ごとに「その生き物が分布できる環境の範囲がある」という仮説に基づき、生き物の分布と環境データから生息場所を推定します。実は「生息適地があるという仮説は正しいのか」という議論もあり、熱帯では生き物がランダムに分布しているという説も出ています。しかし、温帯や広いスケールでは、水温などの環境により生息場所が異なることが分かっており、例えば、カツオは、海流に合わせて生息地を移動していることが分かっています。そのため、様々な統計手法によるハビタットモデルが生き物の分布を推定する方法として使われています。
沖合の生き物のハビタットは少しイメージしづらいので、「葛西臨海公園の西なぎさ」、「東京港野鳥公園」、「大森海苔のふるさと館」、「浜離宮」など東京都区内の海岸で見ることができる、護岸や干潟の生き物の帯状分布の例を紹介します。護岸をみると、上の方にフジツボ、下の方の普段少し水が浸かる場所にはカキなどが付いており、さらに下の方にはスポンジ(海綿)が付いています。このように水深帯によって生息する生物が変わるのです。水温、捕食者、乾燥など様々な要因が重なった結果、ここでは水深によって、生き物が分布できる環境範囲である「ニッチ」や、生息適地である「ハビタット」を定義することができます。
A.データ解析はプログラムを書くイメージがありますが、9割以上はデータの抽出やその前処理の作業が大半です。データの抽出作業では、具体的に過去の膨大な海底の映像から、そこに映し出される生き物を目視で確認する作業や、紙の資料を探し出し、その場所に生息していたという情報を抽出する作業をおこないます。データベースの構築にも、データのフォーマットを整える作業やクリーニングなどを行うためにかなりの労力がかかっています。中でも生き物の名前を決める作業が大変です。生物学の世界では学名が共通の名前として付けられますが、近年の分類学の進展や遺伝的手法の導入によって、海の生き物の学名が頻繁に変更したり、もともと1つの種類が分かれたり、別の種類がひとまとめになることがあり、そうした部分のフォローも必要になってきます。
ハビタットモデルを作成していく過程で最も単純な方法としては、生き物の分布範囲(緯度経度や水温の範囲)を示す方法があります。近年は、さまざまな機械学習手法を用いることが出来るようになっていますが、ここでは不在のデータがなかなか得られないために、明示的な不在データがなくても解析できる最大エントロピー法を用いた推定を行っています。
A.一番の苦労はデータの性質です。例えば「カキ」を例にすると、あらゆる干潟の環境にバラバラにカキを撒き、どこに生き残るかを見ていくと生息適地であるハビタットがわかります。実際のモデルをつくる際も、様々な環境にランダムにサンプリングすることが理想ですが、実際のデータには様々な偏りや誤りがあり、こうした部分に対処する必要がある点が難しいところです。また、対象とする生物情報も例えば成長の段階や季節によって、環境への応答が異なることもあり、どの程度の細かい情報が得られるのかによっても、利用する変数の時間解像度なども調整が必要です。
A.地球シミュレータでは、気候変動に関する政府間パネル「IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)」の評価で使われている地球規模のモデルの成果物が出ており、日本近海についてより解像度が細かくなるように再計算しています。その結果1日ごとの流れや水温の推定値が出ます。アーカイブされている日別の推定値としてもかなりのデータ量がありますが、それを集計し、最終的に普通のパソコンで取り扱えるレベルのデータ量にします。
A.特にキンメダイについては、初年度は実際の分布の映像などからの抽出ができていませんでした。そのため、これまでグローバルな生物分布のデータベースにある情報から推定していましたが、今回実際の映像から抽出したデータを使うことで、より細かい解像度で分布を見ることができるようになりました。また、今回「不在データ」が取れるようになったことで、モデルの精度が上がるのか等を検討し、異なるモデルを使うことでどの程度ばらつきがあるのかなどの評価もできると考えています。 沖合については、必ずしも生物の分布の情報が充実しているわけではないところが課題です。船で生物の調査をすることも重要ですがなかなか行けないので、そのほかに海底に沈めて調査するカメラを設置し、海底の生き物がどのような様子で活動をしているかなどを、長期間の調査でも検証していきたいと考えています。そうすることで、断片的な分布の情報による相関関係ではなく、魚の生態や生理からより演繹的なモデルを構築できる可能性があると考えています。 また、人間がどのような介入が出来るのかということも課題です。社会経済のシナリオと合わせて、自然環境がどのように変化し、社会と相互作用しているのかを今後モデル化していく必要があります。
A.東京都は目の前に東京湾や伊豆・小笠原諸島があり、干潟から沖合まで、さまざまな種類の海へと気軽に出かけて、親しむことができる立地にあります。実際に現地に行って海の様子を知ることをはじめ、海底の様子はJAMSTECの「深海映像・画像アーカイブス(J-EDI)」などもご活用いただきつつ、まずは知識を深めるきっかけとなっていただければ幸いです。