東京大学 地震研究所技術部総合観測室
技術専門職員
阿部英二 様
※取材日:2026(令和8)年9月14日

阿部 英二 様

    ◆経歴について

  • Q.ご自身の経歴について教えてください。

    A.中学生の頃から漠然と電気技術に興味があり、高等専門学校では電気工学を専攻しました。その後、大学院へ進学し、「計測技術」に関する研究に取り組み、博士課程まで進みました。 研究を続ける中で、このまま研究者としての道を歩むべきか悩んでいた時期に、たまたまインターネットで「東京大学地震研究所技術職員募集」の案内を目にしました。それまで観測に関わる経験はあったものの、地震に関する専門知識はありませんでした。 しかし、ふとした気持ちで応募したことがきっかけで採用され、以来、技術職員として研究活動を支える業務に携わっています。振り返ると、何気ないきっかけが今の仕事につながっていたのだと感じています。

    ◆仕事内容について

  • 業務内容について説明する阿部さん
    〈業務内容について説明する阿部さん〉
    Q.東京大学地震研究所技術部総合観測室について教えてください。あわせて、技術専門職員として担当されている業務を教えてください。

    A.東京大学地震研究所技術部総合観測室は、研究に必要な観測を技術面から支援する部署です。地震研究所内の研究に限らず、国内外の研究機関との共同研究も支援しています。 研究者は研究テーマに基づいて必要な観測を計画しますが、私たち技術職員は、その観測を円滑に実施できるよう準備段階から観測後のデータ整理まで幅広く支援しています。 具体的には、観測計画の具体化や関係機関との調整といったマネジメント業務から、観測機器の準備・試験・調整、必要物品の調達など、実際に手を動かして行う業務まで、幅広い役割を担っています。また、機材の保守整備や観測システムの改良、新技術の導入なども重要な役割の一つです。

    業務内容について説明する阿部さん
    〈業務内容について説明する阿部さん〉

    ◆沖ノ鳥島について

  • 海底地震計設置前の最終準備
    〈海底地震計設置前の最終準備〉
    Q.阿部さんは東京海洋大学が実施している東京都の調査に同行し沖ノ鳥島周辺海域での地震計の設置・回収を担当されていますが、地震観測に欠かせない「海底地震計」について教えてください。 また、海底地震計の設置・回収作業は現場でどのように行われるのか教えてください。

    A.海底地震計は、海域で発生する地震を震源に近い場所で観測するために開発された観測装置です。沖ノ鳥島周辺海域の調査で使用している「自己浮上式海底地震計」は、チタン合金製の球形耐圧容器の中に地震計やデータ収録装置、電池などを搭載しています。海中では電波が利用できないため、音響通信システムを備えており、水深6,000メートルの高水圧にも耐えられる構造になっています。設置時には重りを取り付けた状態で船上から投入し、自由落下によって海底へ着底させます。着底後は地震観測を開始し、約1~2年間の連続観測が可能です。回収時には設置地点まで船で移動し、海底地震計に向けて音響信号を送信します。その信号を受けると重りが切り離され、機器が海面へ浮上するため、船上から回収します。 自己浮上式海底地震計は、観測データを内部に保存する仕組みになっているため、回収して初めて記録データを確認することができます。そのため、確実に回収することが極めて重要です。バッテリー切れや機器の不具合によって正常に浮上しない場合もあるため、設置前には点検や動作試験を徹底して行います。その結果、これまで約98~99%という世界トップクラスの高い回収成功率を維持しています。

    海底地震計設置前の最終準備
    〈海底地震計設置前の最終準備〉
  • 海底地震計を海中へ投入する作業
    〈海底地震計を海中へ投入する作業〉
    Q.沖ノ鳥島は本土から非常に遠く、気象・海象条件も厳しい海域です。このような環境で地震計の設置・回収作業を行う際、特にどのような難しさがありますか。

    A.沖ノ鳥島周辺海域は、多くの台風が通過する日本有数の厳しい海域です。令和7年の調査に同行した際も、天候が急変する場面を何度も経験しました。 観測において天候は最大の不確定要素の一つです。特に海上観測では海況が天候に大きく左右されるため、作業の安全性や実施可否にも直結します。どれだけ綿密に準備をしていても、天候が悪ければ海が荒れ、海底地震計の設置や回収ができないこともあります。さらに、海況によっては航海そのものが困難になる場合もあります。刻々と変化する状況の中で、限られた機会を最大限に活用できるよう、常に気象や海況の変化に注意を払いながら作業にあたっています。

    海底地震計を海中へ投入する作業
    〈海底地震計を海中へ投入する作業〉
  • Q.令和7年の調査で設置した地震計を令和9年に回収される予定とのことですが、こういうデータが取れるのではないかといった見込みや仮説のようなものがあれば教えてください。

    A.沖ノ鳥島周辺海域で実施している海底地震観測は、世界各地で発生した地震による地震波のデータを解析し、沖ノ鳥島周辺の地下構造を解明することを目的としています。地下構造の推定に役立つ良質な地震波データが数多く取得できていることを期待しています。また、海底地震計には地震波だけでなく、まれにクジラの鳴き声などが記録されることがあります。もし今回の観測でも記録されていれば、沖ノ鳥島周辺海域におけるクジラの分布や行動範囲の研究にも役立つ可能性があります。 とはいえ、まずは天候に恵まれ、設置した地震計を無事に回収できることを願っています。

    ◆国境離島について

  • 沖ノ鳥島周辺海域の海況
    〈沖ノ鳥島周辺海域の海況〉
    Q.過去に南鳥島での地磁気(※)観測の技術支援にも携わられた経験をお持ちと伺いました。その際の支援の内容を教えてください。

    A.南鳥島では、気象庁地磁気観測所と協力しながら長年にわたり地磁気観測を行っています。私は主に観測機器の保守・メンテナンス業務に携わりました。南鳥島は太平洋上の孤立した場所に位置しており、地球規模での地磁気変動を把握するための重要な観測拠点です。そのため、長期間にわたり安定した観測データを取得し続けることが求められます。観測機器の性能を維持するため、定期的な点検や保守作業を実施しています。 ※地磁気・・・地球がもつ固有の磁場。大部分は地球内部を起源とし、数年から数百年の時間スケールで変化している。地球の極と地磁気の極は一致せず、地図の北と方位磁石が指す北(磁北)は場所によって大きく変わる。

    沖ノ鳥島周辺海域の海況
    〈沖ノ鳥島周辺海域の海況〉
  • Q.一般の方がなかなか行くことのできない沖ノ鳥島周辺海域や南鳥島で仕事をされていますが、沖ノ鳥島を間近で見た時、南鳥島に上陸された時、それぞれで感じたことを教えてください。

    A.沖ノ鳥島については、東小島や北小島の写真から「小さな島」という印象を持っていました。しかし、実際に訪れてみると、その周囲には広大なサンゴ礁が広がっており、「これが沖ノ鳥島か」と強い感慨を覚えました。 一方、南鳥島は2月でも気温が20℃を超え、南国らしい植物が生い茂る、どこか沖縄を思わせる雰囲気の島でした。曇りの日が多い印象で、私自身も何度か訪れていますが、1週間滞在している間ずっと曇りだったこともあります。 そんな中、別の機会には幸運にも晴天に恵まれ、満天の星空を見ることができました。その際、観測作業の一環として北極星の方位測定を行っていたのですが、あまりにも多くの星が見えていたため、かえって北極星を見つけるのに苦労しました。普段なかなか経験できない出来事であり、今でも強く印象に残っています。

    ◆最後に

  • 海域観測や南鳥島での調査活動の中で出会った風景
    〈海域観測や南鳥島での調査活動の中で出会った風景〉
    Q.最後に、都民の皆さまへメッセージをお願いいたします。

    A.研究は研究者だけで成り立つものではなく、技術者をはじめ、さまざまな職種の人々に支えられています。私自身、一人の技術者としてさまざまな研究に携わる中で、日本最南端の沖ノ鳥島周辺海域や、日本最東端の南鳥島で観測に関わるという、大変貴重な経験をさせていただきました。 沖ノ鳥島を自分の目で見て、南鳥島に上陸する機会を得るとは、学生時代には想像もしていませんでした。そのきっかけは、たまたま目にした技術職員募集への応募でした。当時は、その先にこのような経験が待っているとは思いもしませんでしたが、振り返れば非常に恵まれた機会に巡り合うことができたと感じています。研究活動は、社会の皆さまのご理解とご支援があってこそ成り立つものです。私がこのような貴重な経験をさせていただけたのも、多くの方々の支えがあったからこそだと感じています。この場をお借りして、すべての方々に心より感謝申し上げます。 思いがけない出会いや新しい挑戦は、意外と身近なところにあります。そして、研究や仕事への関わり方も、自分らしい道も、決して一つではありません。 このインタビューをご覧になった皆さまにとって、何か新しい一歩を踏み出すきっかけとなれば、これほど嬉しいことはありません。 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

    海域観測や南鳥島での調査活動の中で出会った風景
    〈海域観測や南鳥島での調査活動の中で出会った風景〉

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