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中部大学国際関係学部国際学科
教授
加々美 康彦 先生
※取材日:2023(令和5)年5月11日

    ◆加々美先生の専門分野について

  • Q.加々美先生がご専門とされる国際法とはどのようなことを定める法なのでしょうか。

    A.国際法とは、読んで字の如く、国と国の際(あいだ)を取り持つ法です。具体的には、条約と国際慣習法(諸国の実行の積み重ね)からなります。国際法は国が当事者となりますが、その守備範囲はとても広く、海の底から宇宙まで、日常生活から戦争まで、人間のほぼすべての活動に関係するので、私たちは知らないうちに国際法の影響を大きく受けています。たとえば、珍しいペットを購入しようとしたら、その生き物はワシントン条約で取引が禁止されているかもしれません。世界中に安い料金で郵便物を届けることができるのは、世界中の国々が万国郵便条約やワルソー条約に加盟してくれているおかげです。

  • Q.加々美先生が国際法をご専門に選ばれた理由について教えてください。

    A.私は国際法の中でも、海洋法と呼ばれる海の国際法を専門とします。幼少期から大阪湾を見晴らせる高台に暮らしていたこともあり、海を眺めるのが大好きでした。境界線で区切られることのない、どこまでも広がる海にロマンを感じたものです。ところが大学院時代に目にとまったのが、200カイリ排他的経済水域(EEZ)という政治的に引かれた海の境界線が原因で生じた紛争でした。カナダのEEZに生息する魚類資源(カラスガレイ)が季節的に200カイリ線の外の公海に移動してくるのを狙って、スペイン漁船が一網打尽にします。怒ったカナダは軍艦を派遣してスペイン漁船を拿捕、スペインも軍艦を派遣して睨み合いになりました。はたして政治的に引かれた境界線で海は管理できるのか?そんな関心から海洋法に興味を持つようになりました。

    ◆国連海洋法条約と管轄海域について

  • Q.海洋法とは、どのようなことを定める国際法なのでしょうか。

    A.海洋法は様々な条約が関係しますが、その中心となるのは、1982年に採択され1994年に発効した国連海洋法条約です。今日、167の国と欧州連合(EU)が加盟し、日本も1996年に加盟しています。海洋に関するルールを包括的に定めているので、「海の憲法」と呼ばれることもあります。
    そのルールの中でも特に有名なのは、海岸線(通常は低潮線)から200カイリ(1カイリは1,852メートルなので約370キロメートル)までの範囲で、沿岸国がEEZを主張することを認めるものでしょう。EEZにおいて沿岸国は、他国を排して経済活動を行うための主権的権利を有します。その他にも、歴史上初めて領海の幅を12カイリと定め、また大陸棚を陸地領土の自然の延長と位置づけて、原則として200カイリまで、一定の条件の下ではさらにその先まで大陸棚を主張することを沿岸国に認めました。こうした領海、EEZ、大陸棚をまとめて、沿岸国の「管轄海域」と呼ぶことがあります。
    管轄海域の外側の水域部分は公海、海底部分を深海底と呼びます。公海では、すべての国が自由に使用することができます。他方で、深海底は「人類の共同の財産」と位置づけられ、その鉱物資源はジャマイカに本部を置く国際海底機構が管理することが定められています。
    このように国連海洋法条約は沿岸国に広い海域を与えて開発を促していますが、同時に生物資源を保存し、海洋環境を保護する義務も課していることには注意が必要です。いわば、海洋の持続可能な開発が国連海洋法条約の精神となっています。その下で、より広い管轄海域を有する国には、より大きな責任が伴うということを忘れてはなりません。

  • Q.国連海洋法条約に基づくと、日本にはどれほど広い管轄海域があるのでしょうか。

    A.日本の国土面積は約38万平方キロ、世界61位だそうです。62位のドイツ(約36万平方キロ)よりわずかに広いですね。他方、管轄海域の面積は、約465万平方キロ、世界で6番目に広いと言われます(2012年に国連海洋法条約に基づき200カイリ以遠への延長が認められた大陸棚の面積を含む)。ドイツの管轄海域はわずか3万平方キロほどです。日本は領土が海洋に広く散らばる島国なので、管轄海域を非常に効率的に生み出しているのです。
    その中でも、最も効率的に管轄海域を生み出す島が、日本領最南端の沖ノ鳥島です。沖ノ鳥島の礁内の面積はわずかに6平方キロほどですが、それが生み出す管轄海域は約40万平方キロ、日本の国土を覆いつくすほどの大きさになります。

    ◆国連海洋法条約と島の制度について

  • Q.国連海洋法条約では、島についてどのような規定を設けているのでしょうか。

    A.国連海洋法条約の第121条では、島の制度を定めています。まず1項で「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう」として島が定義されます。2項は、このような島のEEZや大陸棚は、大陸領土の場合と同様に決定されるが、3項を例外とすると定めます。3項は「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない」と規定しています。
    一見、シンプルな規定に見えますが、条文を起草する際に諸国が鋭く対立したため、あえて曖昧な規定のままになっており、多様な解釈を可能にしています。たとえば、1項の定義を満たす島なら3項は関係がないと言えるでしょうか(3項は「島」ではなく「岩」について言及しているから)。また、3項にいう「居住」とは、誰が何人、何年住めばクリアと言えるのでしょうか。実は、条文の起草過程をたどっても明確な基準は見当たりません。結局、この曖昧な条文をどう解釈するかは、今後の諸国の実行の積み重ねに委ねられたのです。
    国連海洋法条約採択から丸40年が経ち、島とは1項の定義を満たしかつ3項もクリアした地形を指すのが通説的な解釈となりましたが、これまでの諸国の実行の積み重ねを検証すれば、3項の条件を厳格に解釈している国はほとんどないように思われます。

    ◆国連海洋法条約と沖ノ鳥島・南鳥島について

  • Q.沖ノ鳥島や南鳥島の広大な管轄海域をこれからも守っていくためには、どのようなことが必要でしょうか。

    A.島国としては世界最大級の管轄海域を有する日本ですが、その海域の広さをただ地図で示すだけではなく、その広大な海域をどう管理していくのか、言い換えれば国境離島の管理のビジョンを示すことが必要だと思います。そうしたビジョンは、遠隔の離島と広大な海域の管理という難しい問題を抱える世界の国々にとって、大いに助けになるでしょう。
    そのビジョン作成の指針とすべきは国連海洋法条約の精神、すなわち海洋の持続可能な開発です。島か岩かについて定める第121条も、この精神にそって解釈することができるのではないでしょうか。つまり第121条の下で国境離島の海域主張を積極的に認める一方で、管轄海域での濫開発を戒め、海洋の持続可能な開発を進めるべく科学的調査を継続的に実施し、海洋生物や環境の保全を促進する義務を果たしていくというものです。さもなくば、岩か島かという不毛な論争が今後も続き、もし岩と判断されれば周辺海域は公海となり、そこで環境保護を担おうとする国は失われ、濫開発が行われるかもしれません。
    現在、沖ノ鳥島や南鳥島では港湾施設の建設が行われていますが、これらの施設はただ第121条3項の条件を満たすためという狭い目的を持つものではなく、広大な管轄海域において国連海洋法条約の精神を実施に移すため必要最低限の施設であることを国際社会に発信していくことが期待されます。その際、沖ノ鳥島や南鳥島をはじめとする日本の国境離島と周辺海域でいかに持続可能な開発を進めていくのか、管理のグランドデザインを示すことができれば、同じ問題を抱える世界中の国々のモデルとなるでしょう。この「沖ノ鳥島・南鳥島モデル」を作ること、これこそが約1万4,125もの島で構成される海洋国家日本に必要な行動だと考えます。

    ◆最後に

  • Q.最後に一言、東京都へのメッセージを頂けますでしょうか。

    A.東京都といえば、陸上のみを意識して東西に長い行政区域をイメージする方が多いのではないかと思います。でも、南は八丈島、さらに越えて沖ノ鳥島、南鳥島までが東京都です。東京都は日本で最も南北に長い自治体なのです。そういう海や島を含めた東京都の形を、都民の皆さんの共通イメージとすることができれば、海や島の問題への関心も、もっと深まるのではと思います。その意味で、今まさに皆さんがご覧になっているこのウェブサイトは、そのようなイメージ作りに大きく貢献するのではと思います。


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